広島地方裁判所 昭和26年(ワ)196号 判決
原告 木ノ本ツマ
被告 広島牛乳株式会社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十五年十一月二十五日附原告に対してした解雇の意思表示が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として原告は昭和十五年に、牛乳の処理並びに販売を業とする被告会社に雇傭せられ、爾来引き続いて同会社に勤務していたところ、被告は昭和二十五年十一月二十五日原告を解雇したが、その理由としてA総務部長が原告に申渡したところは、原告が老年であつて能率悪く、悪癖があるから就業規則(第四十条)の五十年以上の老年者解雇の規定によるというのである。しかし原告の勤務振りは良好であつて、人柄は極めて正直勤勉悪癖などは絶対にない。又被告会社の就業規則第四章第一節第三、四項には「従業員の停年は満五十歳とし、停年に達した日の翌日をもつて退職せしめる。前項の年齢に達した者で会社に於て特に必要と認めた場合は一年を限り嘱託として在職せしめることが出来る。但し嘱託期間の更新は妨げない」との規定があるけれども、原告は明治三十一年五月二日生れで昭和二十四年五月二日満五十年に達したのに、本件解雇はその直後になされたものでないから、雇傭期間は右規則により当然更新されており、従つてその中途における本件解雇は無効である。けだし停年後は使用者が自由に解雇しうると解するときは停年以後の労働者は全く使用者の一方的な「お情」で働くものとなり、労働基準法第二条の規定に背馳するからである。
かりに以上の主張が容れられず、被告主張の如く本件解雇は企業整備を理由として行われたとしても、本件解雇直後被告会社は従業員の募集広告をし、数名の従業員を新に雇入れている事実よりみて、企業整備の必要もなかつたものであるから、原告に悪癖があるとか、企業整備の必要があるということは全く解雇のための口実に過ぎず解雇権の濫用であるから、この点からも本件解雇は無効であると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告が牛乳の処理並びに販売等を業とする被告会社に雇傭せられていたところ、昭和二十五年十一月二十日被告会社が停年に達した原告を解雇した後新規採用したこと及び被告会社の就業規則に原告主張のような定めがあることは認めるが、その余の原告主張事実を否認する。
被告会社が原告を解雇したのは、当時強力な競争者が出現し、乳価の著しい値下を行つた為、被告会社は甚大な損害を蒙り、企業整備のため諸経費の節約を計るのやむなきに至り、鳩首協議の結果就業規則第四章第一節中「其他業務の都合によるとき」の規定に基き且つ原告は既に停年に達しているので同規則中の停年退職の規定を適用して原告を解雇したのである。即ち企業整備の必要と停年を理由として解雇したのであつて、原告に悪癖があるからとか能率が悪いからとかを理由として解雇したのではない。
停年後の更新規定は、停年に達したものはなるべく使用しない方針を定めたもので、停年を過ぎたものを尚一年間雇傭しなければならない義務を認めたものではない。
なお本件解雇後新規採用の三名の内一名は、その後退社した女子従業員の補充、他の一名は宿直員、残り一名は広島乳製品加工組合に移る従業員の補充であつて、何れも本件解雇と直接関係はないと述べた。
(立証省略)
三、理 由
原告は永年、牛乳の処理並びに販売を営む被告会社に勤務していたところ昭和二十五年十一月被告会社から解雇せられたことは当事者間に争がない。
よつて右解雇の効力について考えてみると、証人a、bの証言を綜合すれば、被告会社は昭和二十五年九月頃から経営不振に陥つていた処え、従来被告会社に原乳を供給していた佐伯郡砂谷酪農組合が同年十一月から市内大手町に直営の牛乳工場を作つて牛乳の処理販売を始め、急速に販路を拡大し、牛乳の値段も一本十円の小売価格を八円に大幅に値下し、十本に一本のサービスをするなどしたので被告会社はその地元宇品町に於てさえ可成の販路を喪うに至つた。そこで被告会社の株主であり、原乳の供給者たる賀茂酪農組合に原乳の値下げを求めたけれども、これにも限度があることとて、それ以上は企業整備を強行し、毎月十八万円の人件費を十五万円に抑えるより外手段がないことになつたので従業員三名を解雇し、これにより右三万円を浮かせることに決定し、その人選に際してはまず停年に達していることを基準の一とすることとした結果、原告が解雇人員の一人として選ばれ、原告はA総務部長から「君も年をとつている事でもあるから気の毒だが会社を引いて貰いたい、」と申し渡され解雇手当の支給をうけて解雇された。尤もその直後被告会社において外交員の募集広告をし、その後四名の従業員を新規に採用したことはあるが、そのうち一名は退職女子従業員の補充であり、他の一名は宿直兼倉庫管理人であり、他の二名は前記の如き会社の窮境を打開するために始めた煉乳製造のための技術員であつて、何れもやむを得ない事情によつて採用した者であることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
如上認定のような情勢のもとにおいて、人員整理をすることは被告会社としては誠にやむをえない措置というべく、右の如き企業整備を必要とする事情はとりもなおさず、成立に争ない甲第一号証被告会社の就業規則第四章第一節第二項第四号の「其の他業務の都合によるとき」とある場合に該当するから本件解雇は正当であるといわねばならない。
もつとも成立に争のない甲第三号証には原告にその主張するような不利益事情が記載してあるけれども、このことから直ちに原告にその主張のような不始末があるといえないのみならず、右認定を覆して被告会社が原告主張のように就業規則に違反してなされたとか、或は解雇権を濫用したと即断することはできず、他にこれを肯認するに足る証拠はない。
そうすると爾余の点につき判断を用いるまでもなく本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 三宅芳郎 浅賀栄 加藤宏)